透明人間

 

「お前うちの子になるか」

 

比喩表現ではなく内臓が飛び出るかと思った。

 

「エッ……うちの子……?」

 

勘の鋭さは天下一品のくせに、言葉を受け止めるだけの準備ができていないので、あえて察しの悪いフリをする。
同時に周囲を取り巻く空気は重さを持ち、流れる時間はゆるやかになった。
はるさんと私だけが透明な膜に覆われ、周囲から遮断された錯覚に陥る。

 

この感覚を知っている。
私は予言者だから分かる。
この後、未来を左右するイベントが発生する。
その心構えの時間稼ぎをするために、無駄だと分かりながらもワンクッションを挟む。

 

はるさんは、分かってるくせにとでも言いたげな笑みを浮かべ言い直す。

 

「乳母になるか」

 

私はこらえきれずにサンマルクカフェの机の上に内臓をぶちまけた。

 

 

 

妹が誕生してから、両親は私を構ってくれなくなった。
幼少期の私は寂しい気持ちをストレートに表現し続けた。
でもある日、気がついてしまった。
妹が誕生した代償として、両親は私を認識できなくなってしまったのだと。

 

「二人組を作ってください」
誰しも自分のつがいがいて、当たり前のようにお互いを選び合いペアになる。
私はあっという間に一人取り残される。
私が一人ぼっちであることに誰も気が付かない。

 

「今度のお休みにみんなでディズニー行こ!」
私をすり抜けて目の前で取り付けられる約束。
気配遮断スキルを身につけている私は、周囲から見えていないのだからカウントされないのも致し方ない。

 

私は誰にも選ばれない。
見えていないのだから仕方がない。
でも寂しくないよ。私は一人が好きだから。
これからも一生選ばれることはないって覚悟してるから。

 

いや、本当は違う。
選ばれないように隠れていた。
選ばれたとしても拒絶していた。
私なんか誰かに選ばれる価値がないと思うほど、自尊心がなかった。
こちらから選ぶのも、相手に気を遣わせてしまうのではないか、拒絶されたら立ち直れないのではないかと「君がいい、これがいい」という気持ちに口をつぐみ続けた。
私はとても弱い人間なのだ。

 

罪悪感と自己嫌悪にまみれた私は、なるべく周囲に存在を悟られないよう、まるで透明人間かのように気配を消した。
私たちの周りには日々たくさんの弾が飛んでいて、人々はあらゆる弾に撃ち抜かれている。
しかし選ばれることのない、透明の私に弾は当たらない。
当たりたいと思った頃には、かつての自分と世界の境界線が分からないほど、私は透明になっていた。
むなしく私をすり抜けていく無数の弾。

 

そんな中、はるさんは迷いなく私の輪郭を縁取り、しっかりと的を狙う。

 

「乳母になるか」

 

「お前は俺とセックスする」

 

「一緒におかしなろな」

 

私を撃ち抜く無数の弾。
あまりの衝撃に四方八方散り散りにはじけ飛ぶ私。
バラバラとこれまでのくだらない自己嫌悪が砕け散り、中から欲求が姿を現した。
幼少期から満たされてこなかった欲求は、当時の年齢のまま時間をとめていた。
見つけてもらえた喜びにむせび泣きそうになるのを必死にこらえる。
やっと見つけてもらえた、私の欲求。

 

『一人は寂しい』『私を選んでほしい』

 

 

 

はじめまして。ご挨拶が遅くなりました。
この度乳母になりました椿と申します。
実は以前レビューを書かせていただきました。

 

はるさんがレビューのツイートを私のIDと紐付けてくれていたので、通知が私にも届いていました。
はるさんのツイートだし、いいねが3こくらいはつくのかな、なんて思っていたら想像を絶する数にひっくり返りました。
拙い長文を読んでくださった方々へ感謝の気持ちでいっぱいです。

 

好きな人、物は褒めちぎり、なるべく多くの人に魅力を広めたい私は、この度それを表現できる場を設けてもらえたことを嬉しく思います。
死ぬほど長い文章しか書けませんが、よろしければお付き合いくださいね。

 

何かが劇的に変わるとは思っていません。
それでもこれからから色々な人、世界に出会えるかもしれないことが楽しみです。
狭い世界でしか生きてこなかった私の価値観をブチ壊してください。
刺激をください。
気持ち悪いものをたくさん見せてください。

 

そしてはるさん、この場をくださったこと本当に感謝しています。
ありがとうございます。

 

それではどうぞよろしくお願いいたします。
お手柔らかに願います。

 

乳母日記

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