ハイリー・センシティブ・パーソン

 

私は気持ちが高ぶるとすぐに涙が溢れてしまう。
嬉しすぎて、怒りすぎて、悔しすぎて、辛すぎて。
感情の種類は問わない。
あくびをした時に目に涙が滲んでしまうのと同じ原理で、自分ではどうすることもできない。
それは幼少期からで、この生理現象のようなものを両親はたいそう嫌った。

 

「泣くな!!」

 

違う、本当は泣きたくなんてない。
でも、なぜか勝手に涙が溢れてきて止まらない。
怒られるたび、気持ちが激しく揺れてしまって、さらに涙が出てきてしまう。
それはいつも両親の怒りに拍車をかけた。
ごめんなさい、泣いてばっかりでごめんさない。
もう怒らないで。嫌いにならないで。
すぐに泣いてしまう弱い自分が大嫌いだった。

 

この不可解な性質に加え、私は感受性が豊かすぎた。
些細な出来事にも心が揺さぶられ、日々涙をこらえるので必死だった。
人前で泣いてはいけない。怒られてしまう。嫌われてしまう。
次第に、人前では感情のスイッチを意図的に切る術を身につけた。
弱さも感情も全て自分の中だけに抑え込む。
自分一人で処理しなければならない。
そうやって感情表現の仕方が分からなくなっていった。

 

 

 

初めてはるさんに会う頃には、感情表現はおろか、三大欲求が消失しかかっていた。
そんな状態でも、今日までただなんとなく生きてきてしまった。

 

「君はゴミ箱が頑丈なんやわ。つまり強いねん」

 

ゴミ箱とはストレスを溜め込んでおく心のメーターのようなもの。
それが頑丈?私が強い?そんなわけはない。
弱いから生きづらかったのに、強いわけがない。

 

「けどな、このまま溜め込むばっかりやと潰れるで。自分を発散する場所どこにあんの?」

 

ない。
自分の感情を発散できる場所なんかない。
これまで通り一人でどうにかやり過ごすしかない。
人にこんなにドス黒い激情を吐き出せるわけがない。
だけど、はるさんの声色に、私は自分に対して取り返しのつかない酷いことをしてきたのではないかと焦り始めた。

 

あれ、私明日からどうやって生きていけばいいんだろう?
発散できる場所がない状態で、どうやってこの先を過ごしていけばいいんだろう?
計り知れない不安に瞳が潤む。

 

はるさんは断りを入れてから私の隣に座る。

 

「抱きしめられたいか?」

 

最後に抱きしめられたのは一体いつだっただろう。
もう思い出せない。
そもそも抱きしめられたこと自体、両手で数えられそうだ。

 

はるさんに抱きしめられるだなんて、私にそんなことが許されるのだろうか。
あの体をすっぽりと包まれる優しい暖かみを感じるに値する人間なのだろうか。
あの絶対的安心感を私は受けて良いのだろうか。
あの感覚に私の心は耐え切れるだろうか。
そんな夢のようなこと。

 

「私にそんな価値はないです」

 

はるさんはいつもと少し違う種類の笑い方をした。とても優しい笑い方だった。
それから欲求について丁寧に説明する。
混乱状態にある私でも分かるように簡単な言葉を並べる。
聞いている内に、私は涙を抑え込むのが困難になってくる。

 

「なぁ、抱きしめられたいか?」

 

戸惑いながら、やっとの思いで「はい」の二文字をしぼりだす。
よく言えました、とはるさんが、私を、ふわりと抱きしめた。

 

これだ。
これだこれだこれだこれだこれだこれだ。
ずっと欲しかったのはこれだ。
この感覚だけが欲しかったずっと欲しかった他には何もいらないただ抱きしめてほしかった。

 

ジワリと涙が溢れはじめる私に「シャツの着替えあるから汚してええよ。いっぱい泣け」と言う言葉でいよいよ私は嗚咽をこらえきれなくなった。
赤子のように声を上げて泣く。
幼少期の寂しがり屋の私だった。
泣きたいのに泣くのをずっと我慢してきた分を全て出し切る。

 

はるさんはもっと泣け。と静かに囁きながら腕に力を込める。
私マネキンみたいにかたいでしょ?骨ばってるでしょ?抱き心地最悪でしょ?外見も体型も何もかも可愛くない。中身も空っぽでこんな自分が嫌になる。
でも今はそんなことどうだっていい。
うれしかった。ただただうれしかった。
私ね、本当はね、すごい強かったんだよ。
幼少期の私は自慢げに笑い、ゆっくりと消えていった。

 

「いっぱい泣いたなぁ。頑張ったなぁ」

 

私は強かったんだ。
強すぎて弱さを全部一人でカバーできてたんだ。
強いと言われたことがじわじわと自信につながっていくのを感じた。
でももう全部を一人で抑え込むつもりはない。
私は発散する術を知ったのだから。

 

帰りの電車に揺られながら気が付いた。
はるさんは会った時と変わらぬTシャツで帰って行ったことに。

 

乳母日記

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