幸せになるたった一つの方法

 

そんなものはない。
図書館に並ぶ「心理・自己啓発」の棚の本をあらかた読み終えた時に悟った結論。
絶望的だった。
この本との出会いが私を変えてくれるかもしれない、変化のきっかけになるかもしれない、そう思いながら何度も裏切られてきた。

 

私の中に増え続ける、点。
結構集めたつもりなのに、一向に線になる気配がない。
人に相談することが出来ないから、先人たちの知恵と知識を身につけて自分で自分を救うしかないのだ。
点と点の間を埋めるべくページをめくり続けた。
幸せに生きる方法、性格を変える方法、自分を許す方法をたくさん知っているはずなのに、日々ネガティブに磨きをかけていた。
もうこれ以上どうしていいのか分からない。

 

 

 

初めてはるさんに会った時、目的地までのルートが書かれた地図と500色の色えんぴつをもらった。
初回特典のようだ。
これだけで依頼費の元が取れてしまった。
大盤振る舞いにもほどがある。

 

自宅に帰ってから自分の使っていた色えんぴつのケースを開く。
黒、灰、白のたった3色。
心にはいつも黒色の激情が渦巻いていた。
これこそが私の本質である。
黒色が外に漏れ出さないように白色を混ぜる。
人前では白に近い灰色、黒に近い灰色、その時々に明度を変えながら灰色を使う。
矛盾を嫌い、自分の言動に一貫性を持たせたかったので、3色以外は使わなかった。
自分らしさという抽象的なものを確立したかった。

 

個性も秀でた才能もなかったので、どんなものであれ強く持っているものを個性としたかった。
それがたとえネガティブなものだとしても。
ネガティブという個性を抜いてしまったら、今の私には一体何が残るのだろう。
本当に空っぽになってしまうのではないか。
少なからずそんな思いがあったので、いつまでもネガティブな個性を手放せないでいたのかもしれない。

 

だけど、手放してみることにした。
使い慣れた自分を象徴する3色を捨てる。
とてつもない恐怖。
私が崩れてなくなってしまうかもしれない。
でももう地獄のような日々を繰り返したくはない。

 

 

 

手放した次の日の朝、久しぶりに夢を見ずに目を覚ました。
カーテンの隙間からキラキラとハチミツ色が差している。
真紅のカーテンを開けると、澄んだ水色、濃い緑色、柔らかい黄色……鮮やかな色彩が目に飛び込んできた。

 

私の消滅は杞憂だった。
自分のネガティブさに頼らずとも、私は私であれることに感激していた。
そしてたくさんのインスピレーションが降り注いでくることにワクワクが止まらなかった。

 

自分らしさとか心底どうでもいい。
私は500色もの色を持っている。
好きな時に好きな色を使っていいのだ。
似合わないピンクだって、オレンジだって、いくらでも使っていいのだ。

 

 

 

はるさんにもらった地図を広げてみる。
スタート地点から目的地まではとてつもなく遠い。
以前の私なら見ただけで諦めてしまうほどに。

 

「君がやろうとしてることはめちゃくちゃしんどいことやで。根本から全部変えるってことやねんから。ひっくり返すまで生きてきた年数だけかかると思っとけ」

 

これまでスタート地点に立つことすら逃げていた私は、スタート地点から歩き出していた。
一見遠いように見えるルートだが、よく目を凝らしてみると、あちこちに近道を示す看板がある。
はるさんが置いてくれたものもある。

 

「でもな、自分次第で1年でも5年でもなんぼでもショートカット出来んねん。それもな、自分で見極める力をつけてほしい」

 

ハッとして自分の中の点を呼び起こす。
ああ、点は必ずしも線になるわけではないのか。
このまばらに散らばった点は点描画だった。
点を一つずつ見ていて全く気が付かなかった。
そして地図に重ね合せてみると、所々ショートカットの正しい方向を示してくれているのだ。

 

無駄なことなんてなかった。
準備に長い歳月をかけてしまったけど、あとは歩くだけ。
私はもう知っているでしょう。
幸せになる方法がたった一つではないことを。

 

今どの辺りにいるのだろう。
分からない。
分からないけど、振り返ってスタート地点が見えないところまでは来た。
その事実が私の足取りを軽くするのだ。

 

 

乳母日記

乳母日記