好きにしなさい

   

僕はたくさん女の子を抱えています。

"抱えている"という表現が正しいのかは分からないけど、決して"囲い込んでる"とは思っていない。

僕が抱えている女の子は、僕にとって"客"であり"商品"であり、そして"仲間"でもある。

大切な他人であるからこそ幸せになってもらいたい。

だから例えば「〇〇さんのとこに遊びに行きたい」と言われて「(あ~あの人評判良くないしなぁ)」と思うこともある。

でもそれに対して必ず「好きにしなさい」と言います。それはその子が傷付く可能性が高いとしても、そう言います。

ある人に「好きにしなさい」という言葉は、一見すると突き放している感じがすると言われました。

確かにそうかもしれない。

でもそこに「俺のとこの女のくせに他行くんか、もうええわ」という気持ちは無い。

仲間だからこそ、その子の欲求を尊重してあげたい。

でも幸せにもなって欲しい。

傷付く可能性を排除してあげる方がいいのかな?と思ったこともある。

今はそれは違うなぁと思うようになりました。

僕に「これをしていいか?」と聞く、僕は必ず「好きにしなさい」と言う。

僕の「好きにしなさい」と言う言葉には"責任"があると思っています。

その子が他に行って幸せになればそれに越したことは無いけど、もしそういう結果にならなかった時は僕も一緒に責任を取るつもりでいる。

もちろんそこに金銭は発生するのだけど。(作ったコミュニティ自体がビジネスベースであるから)

「好きにしなさい」の後には「帰って来たくなったら帰っておいで。失敗したら一緒に解決してあげるから思うようにやっておいで」をいつも思っています。

僕なんて、たくさんいる人間のうちの1人で僕ひとりにできることなんて知れているのです。

相手を大切に思うからこそ、僕ひとりではなく、必ず僕には無いものを持っている"他人"に対して仲間が求め何かを得たいと考えたことを歓迎してあげたいと思うのです。

君たちは自由だし、僕は君たちが大切やと思うからいつも味方でいたい。

自信持って、いろんなものを見て、いろんな人を見て、いろんなことを感じてほしい。

 - 日記